第65回 質量分析総合討論会

#レポート2017.06.20

月日:2017年5月17日(水)~19日(金)
会場:つくば国際会議場 エポカルつくば

今年も3日間に渡り質量分析をテーマとした数多くの研究発表がありました。講演数は60を超え、ポスター発表も171題と、ボリュームとしては去年を上回る規模でありました。講演は小惑星イトカワから持ち帰った微粒子中の希ガス同位体分析から始まり、化学材料, MALDIイメージングやESIなどイオン化法の基礎研究, MSデータ解析と多岐に渡る分野の発表がありました。

質量分析が何故こんなに面白いのかと考えを巡らした際に、それが単に重さ(分子量)を測るだけの装置に留まらず、機器の内部構成によって化合物の様々な構造情報を明らかにしてくれる点にあると思いました。
単純なTOFMSの場合には質量情報のみ出力されますが、四重極とコリジョンセルが組み合わさると、定量情報と分子特異的なフラグメント情報を得ることができます。気相物理化学も質量分析計に貢献し、イオン源は元より新たな分離場(イオンモビリティー)も提唱されています。既に市販の装置に組み込まれている機構で、文献では微小ながらもキラル認識があるとの投稿もありました。
バッファーガス中での分子の衝突断面積による分離機構はクロマトグラフィーとも異なり、プロテオミクスでのショットガン法においては従来のタンパク同定数を上回ったとの報告がありました。今後の動向が楽しみな分野です。メーカーが提供しているデータでは、ポリフェノールの1つの水酸基 位置異性体も分離されており、クロマトグラフィーでの分離が困難な異性体に対して有用であると推察されます。
ハイフネーテッド技術について機器の筐体ごとでの接続に用いられる言葉ではありますが、現在の質量分析装置は1つの機器内部においてそれを実現していると感じられます。

今年の学会要旨集の表紙に飾られたイラストは、タンパク質のリボンモデルでした。1953年のワトソン・クリックのDNA二重らせん構造発表に始まり、2001年には30億対ものヒトゲノム配列が解読され、ゲノミクスの時代が到来しました。以降、ノーベル賞受賞に至ったリボソームの結晶構造解析の話題もあり、ゲノミクスからプロテオミクスへ、またその間に存在するトランスクリプトームや更に下流の生命現象であるメタボロミクスへとバイオロジーの解明は加速の一途を辿っています。
本学会でも発表がありましたが、エピゲノミクス分野では高分解能の質量分析装置の貢献により、細胞周期内ステージごとでのヒストンタンパクの修飾解析も進んでいます。
医薬品の主な分子標的はタンパク質であり(バイオ医薬品の開発が盛んとなり、医薬品自体もタンパク質に置き換わりつつあります)、メタボロミクスにおいては代謝物が酵素反応の結果となります。遺伝子(DNA)はタンパク発現の設計図ではありますが、目に見える生命現象を解き明かす主役はタンパクであると一層実感いたします。

今年の質量分析討論会で聴講しました内容を2題 抜粋してご紹介いたします。

【先端質量分析技術によるGas Biologyの創成と医学への応用】
慶応義塾大学医学部
末松 誠 先生

世界で初めて、一酸化炭素(CO)が特異的に作用を及ぼすタンパク(PGRMC1)を同定した研究内容を拝聴しました。PGRMC1はヘム構造を有したタンパクで、ヘムがスタッキングをすることによってホモ二量体を形成し、EGFR(上皮成長因子受容体)に作用します。EGFRは癌細胞に過剰に発現しているレセプターで、増悪の因子となります。COがヘムに結合すると、スタッキングが壊れモノマーになることによって、このカスケードが抑制されます。

COの存在に由来する脳内の血管収縮・拡張の観察においては、マウス大脳皮質のin situ観察にマルチフォトン顕微鏡が使用されていました。1mmもの深さの像を取得することができ、マウスの脳であれば、大脳皮質の層構造ですら観察が可能です。
タンパクの高次構造にはX線結晶構造解析が行われ、組織内の代謝物分布に対してはMALDI-TOFMSによるイメージングが用いられています。また、硫化水素の分布にはTOF-SIMSを使用されていました。様々な分析手法の統合により、非常に高度な生命科学の知見が得られていることを目の当たりに致しました。

【MIK-MS(Molecular Interaction & Kinetics Mass Spectrometry)を用いたタンパク質-低分子化合物のMS Sensorgram】
日本写真印刷株式会社 小尾 奈緒子 様

Silicon Kinetics社のSki ProシステムをオンラインでLC-MS/MSに接続し、天然物ミクスチャから分子標的とするタンパクに相互作用する化合物を迅速に検出することが可能になりました。Ski ProはSPRのような分子間相互作用を解析する装置であり、カイネティクスを算出することができます。NanoPore Optical Interferometry(干渉分光法)を採用し、従来のSPR装置との違いは、反応場の大きさの違いにあります。Ski Proの基板にはハニカム構造の多孔質シリカ層が乗せられており、表面積を飛躍的に大きくしています。このため従来のSPRシステムに比べ、100倍もの結合容量を確保することができ、アナライトを多く流すことが可能です。後段のLC-MS/MSで分析できるだけのサンプル量を達成していることが、ハイフネーテッド技術の面においては革新的です。天然物探索, HTSにおいてのヒット化合物を特定する効率を向上させる技術であると感じました。

担当 東京営業所 K.O

医薬、食品、環境、材料、バイオなど、様々な分野で使用される分析機器・理化学機器および各種消耗品のことなら中部科学機器へ

お電話でのお問い合わせ
メールでのお問い合わせ
Page Top